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2006年12月31日

暗峠 リベンジ

暗峠
8月15日の投稿より、リベンジ。
どう?携帯のカメラよりはずいぶんマシでしょ?かなり補正かけたけどね。

2006年12月29日

ようこそHIACE

HIACE
というわけで、次の車はハイエースです。

ディーゼル検切れの17万kmで、タダでもらいました。(^^)v
うちは規制地域外なので車庫飛ばししなくても登録できます。
貨物なので毎年車検ですがBMWよりは維持費安いでしょう、きっと。
四駆なので燃費も悪そうですが、BMWよりは良いでしょう、きっと。

とりあえず、車検をディーラーで通してたら12万ほどでした。

5年ほど前にもハイエース乗ってたんですけど、チャイルドシートを付けれないとか言って、乗り換えたんですけど、(まぁ、当時は大阪在住だったので、排ガス規制で乗れなくなるのもあったのですが)
今回は無理やり、チャイルドシート付けてみようと思ってます。
まぁ、前車はDXでしたしね。今回はS-GLだから、なんとかなるかな。

2006年12月28日

さらば740

BMW 740i

ついにドナドナされることになりました。(T-T)/~~~
今の現場が片道120km程なので、通勤に重宝していたんですが、ランニングコストが・・・
下道5~6km/L 高速7~8km/Lと、そんなには悪くは無いのですが、ガソリン高騰してますんで、指定燃料はハイオクなんですが、レギュラー入れたりして、がんばってたんですけど、来月末で車検なので、手放すことに決めました。
長距離移動にはサイコウな乗り物でした。高速で追越車線走ってると、勝手に進路を譲ってくれますしね。(w
下道は基本的に2000rpm以上回す事が無いので、まったりと運転できてよかったです。V8 4000ccはアメ車のようにドロドロとはしてませんが、低回転からトルクが出てて、非常に運転が楽でした。

また機会があれば国産でも良いのでV8のセダンは乗ってみたいと思ってます。


さて、次の車は・・・

2006年12月17日

Fujikura BTR-04

仕事で使ってる融着機(通称16R)のバッテリーを復活させようという人柱になってみました。
BTR-04
上の写真のバッテリーパックは今年の5月に買ったばっかりなので、まだ大丈夫なやつなんだけど、これ、新品で(うちの仕切りで)48K円もするので、何とかならないものかと、分解してみた。
10KR-2800CE
SANYOのCadnica 10KR-2800CEというバッテリーパックを使ってる模様。ラベルには12V 2800mAhと表示されている。
とりあえず分解してみると、1.2Vのセルを10個連結したパックのようだ。品番から想像するに、どうやら、KR-2800CEというセルのようだ。KR-2800CEについて調べてみたが、どうやら、カタログ落ちしてるか、日本では流通してない品番のようで、日本で買えそうなものではなかった。
スペック的にはCサイズ(26 x 50)の1.2VのNiCaで、なぜか3000mAhとなっている(10KR-2800CEは2800mAh)

というわけで、同等品を探してみるとN-3000CRというのを見つけた。
N-3000CR
千石電商で1個990円也。送料手数料込みで10個11290円也。
どうせなら、もっと高容量な電池を探してみたが、NiCaで3000mAh以上になるとDサイズになり、ケースに収まりそうにないでのやめた。NiMHやLi-ionに置き換えてみることも考えたが、充電器の仕様が不明なのでやめた。

10KR-2800CEの電池がスポット溶接で連結されているようだったので、スポット溶接機を求めてほぶりん工房に行ってみたが、さすがに持ってなかった(アタリマエ)。というわけで、半田ごてで連結してもらった。thanks>工房長

作業中の写真をとり忘れたのでいきなり完成品です。スマソ
電池の中央部にある部品は温度ヒューズのようです(想像ですが)。10KR-2800CEをばらした時に付いていたのでそのまま流用。作業のコツは、一度仮組みして、タブの位置(方向)をきっちり決めたほうが良いです。はい。

で、恐る恐る一晩充電してみたが、特に問題なかった。16Rで電圧を見てみると13.4Vと表示された。ちっと高くない?っておもって、5月に買った純正のバッテリーパックを満充電して計ってみたら、13.5Vって表示された。問題ないようだ。

というわけで、明日から実践投入です。

2006年12月 3日

最近のお仕事


あいもかわらず、FTTH触ってますが、NTT辞めて、電力系FTTH触ってます。

写真は見る人が見ると解ると思いますが、かなり難儀な事してます。
8カプの出が7cmぐらいのところでカット(クズをカットするときに白を一緒に切ったらしい)されていて、別の線番に変えようにも、ラストの一本だったので、白を使わざるを得なかった。
ラストの一本=残りの七本は現用。融着機は16Rだし・・・ババ引いたよ・・・

っていうか、通過の小型に8カプ3つも突っ込むなっての。しかも全部単芯送り。。。ありえんぞ。

曽爾高原

曽爾高原に行ってきました。

バックの黄土色はすすきの群生です。


真ん中のひょうたん型は、お亀池と呼ばれる池で、大蛇伝説があるそうで

ググると・・・
むかしむかし、お亀という女性が伊勢の国の太良村から太良路村へお嫁にきました。年齢は、18歳で本当に美しい女性でありました。お亀は毎朝、家の裏にある井戸で水鏡を見て化粧していました。この井戸水は深く水は亀山の池からきていました。しぼらくするとお亀は、毎晩どこかへ出ていき朝になってから帰ってくるようになりました。そして裏口に泥のついた草履(ぞうり)がぬいでありました。その草履を見て夫は、お亀に聞くと、「子供が生まれますように」とお祈りにいっているのだとこたえました。そのかいあって、夫婦の間に子供が生まれました。お亀は、「私の仕事は終わりました。おひまをください」と実家へ帰りました。子どもは、お腹をへらすと大きな声で泣きます。また、夜泣きをします。夫は、その子どもをだかえ、乳を飲ましてもらうため、お亀の実家の方へ出かけました。「お亀よ、お亀よ」とよびながら池のあたりまできますと、お亀が迎えにきてくれました。そして乳を子どもに飲ませて「もう、明日からは来ないでください」と夫に伝え実家に帰っていきました。やはり次の日、子どもが夜泣きをしますのでまた子どもを連れて池のあたりまで行くと、お亀が池の中から現れたのでありました。「もう来ないでくださいといったでしょう。どうしてくるのですか?」と怒りなから大蛇に化けて大口を開けておそいかかって来るではありませんか。夫は子どもをだきかかえ一目さんに逃げました。大蛇は、立つような姿勢で追ってきました。命からがら逃げ帰った夫は、その後重い病気にかかって死んでしまいました。お亀池の主と呼ばれていた大蛇も山火事lこなったときに焼け死んだといわれています。もともとこの池は太良路池と呼ばれていましたが、このお亀の事件があってから「お亀池」といわれるようになったと聞いています。
と、まぁ、よくわからん話が続くみたいです・・・・はい。

二歳児連れて登る山じゃなかった。疲れた・・・